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研究だより

循環器・脳脊髄センターの研究成果について、最近の業績を中心に紹介します。

第9回 急性期脳卒中における血栓回収術再開通後の予後不良部位の検証: 左島皮質下領域の重要性

主幹動脈閉塞症による急性期脳卒中とは、脳の太い血管に血栓が詰まる事(閉塞)によって脳に血液が行かなくなり、半身麻痺や言葉が出ないなどの症状が突然起こります。重大な後遺症となる危険性の高い疾患ですが、最近では急いで閉塞した血管をカテーテルや血栓溶解薬によって再開通することにより、重大な後遺症を回避することが可能となっています。

機械的血栓回収療法は、t-PA血栓溶解療法とともに、超急性期の再灌流療法として、スタンダードな血管内治療です。当センターは一次脳卒中センターとして、これらの治療を24時間提供できる体制をとっています。

しかし太い血管を再開通しても、機能的な回復が好ましくない患者さんが、依然として半数程度おられます。最近ではその原因を調べる研究が、全世界で積極的に進められています。私たちはこうした予後不良例が、ある脳領域で比較的よく見られることに注目しました。

とりわけ左側の前頭葉と側頭葉の間の深い脳領域(島皮質下)に脳梗塞が及んだ患者さんでは、手足の麻痺が軽度でも、言葉が話しづらくなったり、ものを飲み込んだり、的確に動作を行うことが困難となる傾向にありました。そこで、MRIの画像を用いて脳の虚血信号を調べることで、血栓回収後に脳梗塞が起こることを予測できることが明らかとなりました。

小さな部位とはいえ、島皮質下は重要な脳のネットワークをつかさどる領域(ハブといいます)と推定されます。こうした変化を早期に検出することで、症状に特化したリハビリを行ったり、太い血管の再開通ではカバーできない、微小な循環障害に対する早期からの薬物などによる治療法の開発につながるかもしれません。

当研究部では、東北大学加齢医学研究所・臨床加齢医学研究分野の瀧 靖之教授や舘脇康子助教とともに、脳卒中患者さんの予後不良となりうる原因を究明するために、大規模データベースや特殊な画像解析手法を用いた研究に取り組んでいます。

  1. Yoshida Y, Mutoh T, Tatewaki Y, Taki Y, Moroi J, Ishikawa T. Involvement of subinsular territory stroke as predictor of outcome after successful endovascular recanalization of left middle cerebral artery occlusion. Brain Sci. 2024, 14(9), 885; https://doi.org/10.3390/brainsci14090885
  2. Mutoh T, Yoshida Y, Tatewaki Y, Chin H, Tochinai R, Moroi J, Ishikawa T.  Diffusion MRI fiber tractography and benzodiazepine SPECT imaging for assessing neural damage to the language centers in an elderly patient after successful reperfusion therapy. Geriatrics (Basel). 2024 Mar 1;9(2):30. https://doi.org/10.3390/geriatrics9020030

文責 武藤達士(脳卒中治療医学研究部長)

第8回 精神科を有さない施設の入院患者を対象としたベンゾジアゼピン受容体作動薬の減薬・休薬を目的とした薬剤師支援の効果に関する前向き研究

ベンゾジアゼピン受容体作動薬(BZ薬)は、不眠症、不安障害、うつ病などの多くの疾患に適応を有し、quality of life(QOL)障害による患者からの処方希望が多い薬剤です。しかし、筋弛緩作用にもとづく有害作用や、日中の倦怠感、身体依存が認められることから、医療従事者と患者の間でリスクとベネフィットに関する共通認識を構築し、定期的な評価を行いながら長期漫然投与に至らないよう努める必要がある薬剤と言えます。これまでにBZ薬の離脱支援に関する日本での取り組みは、精神科外来患者や一般診療クリニックの患者を対象としたものが幾つかありましたが、精神科を有さない施設の入院患者を対象に、薬剤師がBZ薬の減薬・休薬に取り組み、その効果を前向きに検証したものは、我々が調べる限りありませんでした。そこで当センターの入院患者を対象に薬剤師による支援効果を調査しました。(登録期間:2021年2月25日~2022年2月24日)

本取り組みにあたり、事前にBZ薬の漸減・中止を目的とした医師同意のプロトコルを作成しました。患者支援については、主治医と患者から同意取得後、薬剤師は患者の睡眠状態を繰り返し観察しながら、このプロトコルに沿った処方提案を主治医に行いました。

結果、登録期間内に14例の患者(男性5例、女性9例、年齢中央値80.5歳[四分位値:78.0歳、83.5歳])を登録し、13例の患者に支援を行いました。13例中10例(77%)の患者でBZ薬の減量または中止が達成され、BZ薬の量を評価するジアゼパム換算量は、中央値が3.75 mg/日から2 mg/日に有意に減少しました(p<0.05)。睡眠の質を評価するAISスコアについては、平均値が6.7点(不眠症疑い)から4.6点(軽度不眠症疑い)に改善し(p=0.08)、不安や一過性の物忘れを経験する患者の割合は、それぞれ90%から50%(p=0.14)、40%から0%(p=0.09)に減少しました。AISスコアや副作用頻度については有意ではありませんでしたが、入院前に比べていずれも改善の方向に数値が動いていることや、退院30日後のアンケートで、多くの患者(10名中7名)が変更後の睡眠薬に不満はないと回答していることから、BZ薬の減薬・休薬に向けた薬剤師支援が患者の不眠や日常生活に対して有益だった可能性が示唆されました。

本研究の結果は、雑誌「医療薬学」に掲載されました。

齊藤伸, 吹谷真紀子, 木元健寛, 瀬戸亘, 鈴木ひとみ, 石川達哉, 後藤敏晴, 八代佳子: 精神科を有さない施設の入院患者を対象としたベンゾジアゼピン受容体作動薬の減薬・休薬を目的とした薬剤師支援の効果に関する前向き研究, 医療薬学, 50(7), 351-365, 2024.

第7回 脳卒中患者の栄養評価における大腿四頭筋筋厚の有用性について

リハビリテーションに関する最近の研究では、栄養障害が日常生活活動(ADL)の改善に影響を及ぼすとされています。栄養障害は疾患発症に伴い生じやすく、脳卒中はその代表的な疾患です。入院患者さんの栄養評価には様々な方法がありますが、近年では簡便かつ安全なエコーによる筋厚(筋肉の厚さ)の評価が注目されています。しかし、脳卒中患者さんの栄養評価における筋厚の有用性は不明でした。そこで、当センターの回復期リハビリテーション病棟に入院した脳卒中患者さんを対象に、栄養評価における大腿四頭筋筋厚の有用性について検討しました。

2021年7月から2022年11月までに回復期リハビリテーション病棟に入院した113名の脳卒中患者さんの大腿四頭筋筋厚と栄養リスク(GNRI)との関連について調査しました。その結果、大腿四頭筋筋厚が薄いほど栄養リスクが高いことが判明しました。また、大腿四頭筋筋厚で判定した栄養リスク(GNRI < 92)は入院中のADL改善度と負の関連を認めました。本結果から、エコーによる筋厚が脳卒中患者さんの栄養評価の一助となる可能性が示唆されました。

令和6年度診療報酬改定により、回復期リハビリテーション病棟入院料1について、栄養評価にGLIM基準が必須となりました。GLIM基準の項目には筋肉量の評価が含まれているため、本結果は日常診療にも応用できるものと考えます。本研究は、医学雑誌Nutrientsに掲載されました。

Maruyama M, Kagaya Y, Kajiwara S, Oikawa T, Horikawa M, Fujimoto M, Sasaki M. The validity of quadriceps muscle thickness as a nutritional risk indicator in patients with stroke. Nutrients. 2024;16(4):540. doi: 10.3390/nu16040540.
文責 丸山 元暉(機能訓練部 理学療法士、リハビリテーション医学研究部特任研究員)

第6回 大動脈瘤の有無と心臓超音波検査計測値の関連についての検討

大動脈瘤は動脈硬化のほか、遺伝的な要因や性差、高血圧が関与して、血管壁が変性し拡張する病気です。『血管が硬くなる』動脈硬化が起きると、大動脈と心臓が互いに影響しあう心室動脈連関により、心臓の形態や機能に変化が起きることが広く知られていますが、『血管が変性し拡張する』大動脈瘤がある場合、心臓の形態や機能にどのような変化が起きるかについて報告は多くありませんでした。今回我々は大動脈瘤の有無と心臓超音波検査計測値の関連について検討しました。

2019年4月から2020年12月の期間で心臓超音波検査施行時に上行大動脈、弓部大動脈、腹部大動脈を観察する大動脈スキャンで大動脈が描出でき、データ欠損や外れ値のない2276例を対象としました。このうち大動脈瘤を発見できた症例は43例(全体の1.9%)で内訳は上行大動脈瘤15例、弓部大動脈瘤3例、腹部大動脈瘤25例でした。この大動脈瘤あり群(43例)となし群(2233例)の2群間で背景因子(年齢、性別、高血圧、糖尿病、脂質異常症、閉塞性動脈硬化症、虚血性心疾患、脳血管疾患)の比較をしたところ、年齢、性別(男性)、高血圧で有意な差が認められました。心臓超音波検査計測値(LVMI、s’、e’、E/e’、LVDd、LVDdI、LAVI、LVEF)ではLVMI(左室心筋重量係数)、e’(拡張早期僧帽弁輪運動速度、左室弛緩障害の指標)、E/e’(左室流入血流速波形拡張早期波/拡張早期僧帽弁輪運動速度、左室充満圧の指標)、LVDd(左室拡張末期径)、LAVI(左房容量係数)で有意な差を認めました。ロジスティック回帰分析で年齢、性別(男性)、高血圧、e’で有意な関連性が認められました。これらの結果より大動脈瘤を有する症例でも心室動脈連関があり、高血圧や年齢、性差、心臓の弛緩能低下が影響因子となっている可能性があることが示されました。本検討の結果は日本心エコー図学会第33回学術集会で発表しました。

文責 小林朋佳(臨床検査部、応用医学研究部特任研究員)

第5回 動脈硬化の原因の特定に向けて

秋田県立大の小西智一准教授と当センターの研究チームは、動脈硬化の原因の特定に向けて脂質の研究に取り組んでいます。

動脈硬化症はガンに次いで人間の死因の多くを占める病気ですが、その重要な原因のひとつは、アテローム(脂質と繊維質・細胞の死骸のかたまり)が蓄積することです。アテローム形成は食生活と密接な関係があるため、血液中で脂質を運搬する種々のリポタンパク質、とくにLDLがその要因であろうと考えられてきましたが、大規模な疫学調査でも確証が得られていませんでした。検診などで、リポタンパク質は酵素をつかう簡単な方法で測定されていますが、この方法ではLDLやHDLの正確な値がわからないことが明らかになっていました(Konishi et al. 2022)。https://doi.org/10.1371/journal.pone.0275066

今回の精密な方法で測定した研究結果では、動脈硬化の最も大きな危険要因はHDL1が減ることなどでした。長い間、悪玉コレステロールだと考えられてきたLDLには、むしろほとんど危険性がありませんでした。スタチンはLDLの値を下げるのですが、これには動脈硬化を避ける効果は期待できないようです。Konishi T, Hayashi Y, Fujiwara R, Kawata S, Ishikawa T (2023) Distinctive features of lipoprotein profiles in stroke patients. PLoS ONE 18(4): e0283855. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0283855

今後も当センターでは県立大学と協力して脂質に関する研究を進めていきたいと考えています。

文責 石川達哉(応用医学研究部長)

第4回 患者適合型ガイドを用いた頚胸椎スクリュー固定術の多施設研究

脊椎スクリューによる固定術は強固な固定による症状改善が得られる反面、誤刺入による神経血管損傷のリスクがあります。われわれは安全・正確なスクリュー固定を実現するため、3Dプリンターをいち早く導入し、患者適合型手術支援ガイド「スクリューガイドテンプレートシステム(SGTS)」を開発、国内多施設で臨床研究を行いました。

患者さんのCT画像を術前に解析し、スクリュー設置部位を決定、3DプリンターでSGTSを作成し、滅菌したものを手術中に骨に装着して使用しました。頚椎~胸椎固定の適応がある103例の患者さんに対し、本法を用いて合計813本のスクリューを刺入したところ、801本(98.5%)で術前計画通りにスクリューが設置されていました。神経血管の近くに誤刺入が起こったのは0本でした。

研究の結果、3Dプリンターで作成したSGTSによるスクリュー誘導の有効性・安全性が確認されました。手術時間短縮やスクリューを三次元脊椎データ上に配置して前もって詳細に検討できる利点もあります。現在、SGTSを用いた手術は国内外の多数の病院で行われています。 本研究の成果は脊髄脊椎外科研究部部長、医工学研究センター長の菅原卓が中心となって行い、医学雑誌Spineに掲載されました。

Sugawara T, Kaneyama S, Higashiyama N, Tamura S, Endo T, Takabatake M, Sumi M: Prospective multicenter study of a multistep screw insertion technique using patient-specific screw guide templates for the cervical and thoracic spine. Spine (Phila Pa 1976) 43:1685-1694, 2018

文責 菅原卓(医工学研究センター長)

第3回 くも膜下出血患者の脳動脈瘤の破裂点の予測

脳の血管にできた脳動脈瘤の破裂によりくも膜下出血になりますが、くも膜下出血の患者さんの5人に1人の割合で複数の脳動脈瘤を持っているといわれています。くも膜下出血になったら、できるだけ早期に脳動脈瘤に対する再破裂予防の手術が必要になりますが、複数の動脈瘤があると、どれが破裂した動脈瘤か判断に迷う状況も少なくありません。近年、造影剤を使ったMRIで、脳動脈瘤の破裂点付近の瘤壁が造影されることが報告されています。そこで、複数の動脈瘤を有するくも膜下出血患者さんに、手術前に造影剤を使ったMRIを撮影して、実際の手術中に造影部が破裂点と一致するか研究を行いました。

2016年から2020年の間に、13名の患者さんで、13個の破裂脳動脈瘤と17個の未破裂脳動脈瘤について調べました。このうち69.2%で、MRIで造影された部位が、破裂点と一致していました。一方で、未破裂にも関わらず造影されていた動脈瘤は、後に行われた手術標本を調べた結果、動脈硬化性の変化が強いことがわかりました。また、不正な形状の脳動脈瘤においてはどの部位が破裂点であるかが予測可能となり、手術をより安全に行う有用な情報であることも示唆されました。本研究の結果は、脳神経外科学研究部の吉川剛平・元研究員により論文化されSurgical Neurology Internationalに掲載されました。

Yoshikawa K, Moroi J, Kokubun K, Furuya N, Yoshida Y, Kinoshita T, Shinohara Y, Ishikawa T : Role of magnetic resonance vessel wall imaging in detecting and managing ruptured aneurysm among multiple intracranial aneurysms. Surg Neurol Int. 2021; 12: 460.

文責 師井淳太(脳神経外科学研究部長)

第2回 ASL CBFマップ変動係数による脳循環評価: PETとの比較による検証

ASL (arterial spin labeling) は非侵襲的に脳血流量 (cerebral blood flow; CBF) を測定するMRI撮像法で臨床検査に用いられていますが、ASL測定精度を検証するために、脳循環測定の信頼性の高い15O PETの測定結果と対比すると重要な情報が得られます。ASLでは到達時間 (arterial transit time; ATT) の延長した低灌流領域において血管アーチファクトを伴って信号がしばしば上昇し、CBF評価が難しいですが、この血管アーチファクト自体が脳循環指標となり得ると考え、ASLマップの空間的変動係数 (spatial coefficient of variance; sCoV) に着目し、15O PETデータと比較検討しました。

研究対象は主幹脳動脈狭窄・閉塞症17例で、pseudo-continuous ASL (pCASL) を用いてlabeling duration 1800 ms、post labeling delay 2000 msと設定し、CBFマップを得て関心領域におけるsCoVを計算しました。また、pulsed ASLデータからATTマップを作成しました。ASLと同時期に施行した15O PETにてCBF、平均通過時間 (mean transit time; MTT) を測定しました。sCoVはATTと強い相関を持ち、sCoVが到達遅延を反映しています。sCoVとATTはPET-CBFと有意な負相関およびPET-MTTとの有意な正相関が見られ、その程度はsCoVの方が強く、sCoVは脳灌流異常の検出において鋭敏な脳循環指標であることが示唆されました。 この研究は、マルチモダリティーの視点を活かして画像解析を地道に行っている茨木正信主任研究員が中心となって遂行しました。

Ibaraki M, Nakamura K, Toyoshima H, Takahashi K, Matsubara K, Umetsu A, Pfeuffer J, Kuribayashi H, Kinoshita T: Spatial coefficient of variation in pseudo-continuous arterial spin labeling cerebral blood flow images as a hemodynamic measure for cerebrovascular steno-occlusive disease: A comparative 15O positron emission tomography study. J Cereb Blood Flow Metab 39(1):173-181, 2019

文責 木下俊文(放射線医学研究部長)

第1回 CT perfusionによるSAH発症後早期の脳循環障害検出と予後予測

くも膜下出血は、現在の医療水準でも約40-50%の患者さんでは後遺症が残ったり、死亡したりします。発症時の意識状態が転帰と最も良く相関しますが、これはくも膜下出血が発症した時に脳の血液循環に障害を来すことも関連しているのではないかと考えられます。そこでくも膜下出血の発症後早期に生じる脳循環の障害を、造影剤を用いたCTにより検出し、各種パラメータと退院時の予後との関連について検討しました。

研究対象は55例で、自立した転帰良好群は38例、自立できないあるいは死亡の転帰不良群は17例でした。解析の結果、各種パラメータの中で皮質・基底核領域における局所脳血流量と局所脳循環時間が転帰不良に関連する独立した危険因子であることが示されました。

つまりこの研究は発症早期の脳循環の状態を見ることで、患者さんの予後を予測でき、治療対象の選択に役立てることができるというものですが、くも膜下出血では脳の循環が障害されることによって脳への種々の障害が起きていることも明らかにしています。 この研究は秋田大学の連携大学院での研究として、遠藤拓朗先生(元研究員)が中心になって行い、学位論文として秋田医報に掲載されています。

Endo T, Ohmura T, Sato Y, Moroi J, Ishikawa T: Computed tomography perfusion examination can detect the impairment of cerebral circulation and may help predict the outcome of patients with aneurysmal subarachnoid hemorrhage. Akita J Med 3-4: 85-95, 2020

文責 石川達哉(研究所長、秋田大学客員教授)

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